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January 28, 2008

自己肯定のプロセス

義務教育課程においての芸術系授業(図画工作、音楽)で、僕自身のその素地がつぶされていったという思いが強い。先生に五重丸や花丸をもらった作品、展覧会で入選した作品は優れていて、選から漏れたものはくず。すばらしいものは誰が見てもすばらしく、しょーもないものをすばらしいなどという者は、そいつが変。そんな価値観を生徒に植え付けていったのではなかったか。

僕は洋服屋に足を踏み入れるのが怖い。自分で、何を着るのか決めるのが恐怖なのだ。色の取り合わせなんか分からない。色盲や色弱など、色の判別ができないのではなくて、きれいなのか変なのか、似合っているのかちぐはぐなのか、どこをどう見て判断すればいいのか分からないのだ。昔はよくいわれた。「お前それ変やろ」って。本人は大まじめなのである。絵を見たり、音楽を聞いたりするのは決して嫌いではない。この絵(曲)は好きやなとか、その反面こちらはもひとつ好きになれないとかといった感覚は確かにある。

昨今、しきりに問題視されているいじめも病巣は同じで、人は笑われたり無視し続けられたりすると自己肯定ができなくなってくる。「これが私だ」「私の判断は価値がある」など、自分のことを認められるというのは、非常に大事なことで、事によると人間にとっては衣食住よりも優先されるべき要素な気がする。

芸術は表現であるとはよくいわれる。その表現が芸術である限り、その底にはひとつの価値観が流れているはずで、その価値観こそがその人そのものであり、他の誰にも犯すことのできない固有の存在の証しだろう。ならば、作品に対して、自分は気に入ったとか、僕には理解できないということはいえても、優れているとか劣っているなどの一面的な採点は、出来るものではないことになるんじゃないだろうか。好きだといわれる数の多い作品はあるだろう。でもそれは、好きな人が多いということであって、それを根拠に優れているといってしまう乱暴さを、自覚しておくことが大事なのではないかと思う。

特に学校などの教育機関において、芸術作品に関して褒める以外の評価はしてはいけない。採点なぞもってのほかだろう。もし、褒められない作品があるなら、何も言わないがいい。それは、その作品が劣っているということではなくて、見る側にその作品を理解する能力が欠けているということでしかないということなのだから。

ファン・デ・ナゴヤ美術展 最終日の「基調報告と対談」の場において、美術の教師の多くは、作家志望者であるために、授業内容が作品制作に偏りがちである。制作よりもむしろ鑑賞をもっと取り入れるべきではないか。という意見が聞かれ、非常に共感した次第。それこそ長い年月の時間の中で、すばらしいとされてきた作品を余計なことを言わずにじっくり鑑賞し、丁寧に各自の中で世界を拡げさせていったその先に自由に表現させていくことで、その子の自己肯定が確立していく、すなわち情緒が安定していくのではないだろうか。

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Comments

 ボクが遊んでもらっている障害者の授産施設でも、評価と言う形の怒られる、叱られるどっちでもおんなじなんだけど(昔は叱ると、怒るの違いみたいなどうでもいい事で正当化しようとした愚かな時もあった)で深い所で傷つきプライドも自信も全否定され続け,立ち直れない大人も子供もたくさんいますいます。
特定の価値観をもった健常者たちから彼らは完膚なきまでに否定され続けています。
 美術や音楽の教育とは本来価値観の多様性を知る事にこそ、その目的がある訳で,いくら鑑賞に時間を割いてもそこで感じる事、そしてその感じた事は絶対に否定される事は無いという裏ずけが無ければ教育の場で鑑賞にいくら時間を割いてもあまり意味が無いように思う。
 自己肯定と言うのも,どこかでバランスを欠いている気がする、肯定にはどうしても否定がつきまとう。
 自己表現てなんなんだろうね、この歳になっても,表現するに値する自分は見つけられていないけど。

Posted by: しんちゃん | January 29, 2008 at 16:43

最終日の「基調報告と対談」では面白い話が聞けたのですね。
鑑賞にもっと力を入れるべきだと言う話も出たのですか。鑑賞に好きなだけの時間とかけて、強制もされず自由に感じて考えて、ボーとして、というのがいいな~。
たしかに美術などで、5,4,3,2,1って評価をされるのはおかしいですよね。1などつけららた子は一生立ち直おれないのではないでしょうか。というか自己否定してしまいますよ。とにかく好きで心地よいという気もちを全員にもたせるには、いっそのことその時間は絵を書いても工作をしても、画集を見ても、美術番組を見てもなにをしてもよい、というのがいいですね。というより 美術も体育も音楽もすべて長時間の休み時間に、好きなようにやらせたら面白そうです。それなら、もう一度小学生に戻ってもいいですよ。(笑)

Posted by: 非戦 | January 28, 2008 at 19:38

そんな美術展やっていたんですね。

しまった見逃してしまった。

Posted by: ktamura | January 28, 2008 at 18:24

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