世界同時不況という認識
消費の冷え込みを理由に、生産調整では飽き足らず、工場閉鎖や期間工のレイオフが席巻している。マスメディアはじめ御用学者先生たちは、100年に一度の世界同時不況と大合唱。
不況というのは、モノ(カネ)の流れが一時的に悪くなる状況のことで、人の体でいえば、しもやけのような病なんだと思う。しもやけならば、患部を暖めもんでやることで、快方に向かうはずだ。春になれば、自然と治るものでもある。
だがしかし、辺見庸が「パンデミック」という言葉をあてる現在の状況は、不況などという一時的なものなどではない。貨幣経済システムの崩壊の始まりと見るべきなんだと思う。
これまでの不況は、その前に好況があり、その揺り返しとして訪れるものであった。マスコミのいっていることを鵜呑みにすれば、空前の好景気の後の世界同時不況ということになるのだが、そもそもそんな好景気などというものがあったのか、甚だ疑問だ。単に貧乏人が搾り取られて金持ちがさらに肥えた、格差が拡大していっただけなのに、景気が拡大しているなどと見間違っていただけではなかったか。景況を測る物差しが、間違っているのだ。
一部の連中が、バカなマネーゲームに興じていただけのことなのに。その果てに、そいつらは大やけどをした。そして、のたうち回って火の粉をそこいら中に振りまいた。そのおかげで、貧乏人たちはまる焦げになった。
カネというのは、他のものと違い、唯一人間が作ったものだ。カネは概念であり、紙幣やコインは、その概念を感覚的に扱えるように造られた、いわゆる偶像である。すなわち、カネというものが実存することはない。
概念ということでは、カネ以外にも概念は存在する。本来の概念は、扱われるものではなく、語られるものだ。ところが、カネだけは、概念であるにも関わらず、扱われている。それどころか駆使されている。
大昔は、そのカネは必要な物資を手に入れるための交換ツールであった。腐らず、等しく誰にとっても等価値だったので、とても便利なツールだった。便利すぎたのか、いつの間にかそこに新しい役割を背負わされていく。カネと商品を交換するのに飽き足らず、カネ自身を商品として扱いはじめるにいたり、カネが悪魔化していった。
カネは、食うこともできず、そこに住むことも、着ることさえできないのに、カネがなければ生きていけないと思い込む人々がどんどん増えていき、今では世界中のほとんどの人がそんな風に思い込んでいる。まさに、悪魔そのものである。
この悪魔を現出させたのは、他ならぬ我々人類なのだ。本来の身分は、ペットか召使いのはずで、まさに飼い犬に手を噛まれているのが、今日の状況であることを、正しく認識する必要がまずある。
そのカネを中心としたシステムが、今まさに崩壊を始めたということになるだろう。したがって、オカルティックともいえるカネ崇拝の酩酊から醒めない限り、本質的に景気が持ち直すなどということは、考えられない。


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